She Remembered Caterpillars

She Remembered Caterpillars

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ストーリー日本語訳
By nebusoku
個人的な解釈、意訳、また誤訳を含む可能性があることをご了承ください。特にセリフの主が誰なのか自身のないものがいくつかあります。ご意見等あればコメントください。
   
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Act1
「パパ? パパ、どこにいるの?」

1.001
そしてついに、母なるカビと九の名を持つ猟犬と静寂はひとつの合意に達した。母なるカビは大地と地中に息づくすべての生命を守護し、猟犬は荒れ野と灼熱の山々を、静寂は呼吸の隙間と思考の空白をそれぞれ支配すると。

ーー3:15、九の書

1.002
「本当に日の光なのか? いや、まさしく日の光だ、ねえ……いいかい。色じゃないのは確かだ。白でもないし、金でもない。質感と言うべきか」

「そう、味わいだ」

1.003
人間たちが空腹を訴えると、母なるカビは救いの手をさしのべ、子どもの肉を与えました、自分の幼子の肉を。そして人間たちが貪るようにほおばり飲みくだすのを、満足げに見守りました。

1.004
「おひさまの光はどんな味がした? パパ」
「べつに食べたわけじゃ……」
「でも、味がするって言ったじゃない」
「あのね、それは例えだよ……」

1.005
ひぃ、ふぅ、みぃ、よ、
猟犬が戸口で待ちかまえている。
いつ、むぅ、なな、や、
さあベッドに急いで、
逃げおくれた子から食べられてしまうぞ!

1.006
「パパがいつか死んじゃうってほんとう?」
「えっと……それは……ああ、そうだとも。残念だけど。でもしかたないことなんだ。だれも死ななかったら、新しくやってくる人たちの居場所がなくなってしまうからね」
「そんなのどうでもいい! 新しい人なんていらない! わたしはパパとママがいて、それで……」
「しーっ、お嬢ちゃん、しーっ」

1.007
「泣くことはちっとも恥ずかしいことじゃない」
Act2
「やめて。言ったはずよ。ぜったいにあきらめないから」

2.008
「かわいいと思わない? ナディアはこの子たちをギャミーって呼んでる」
「ギャミー?」
「(G)ジェネティカリイ・(A)アルタード・(M)マイクロ・(M)マイコパラサイト」
「え……っと。なるほどね」

2.009
「見て。菌が脳組織を侵食しているのがわかるでしょう。カビを取り除くことができれば、あるいは……」

2.010
「わかってほしいの。値するかどうかの問題じゃない。あの人はいい父親じゃないってわかってるわ。わかってる。でも愛に理由なんて必要ないでしょう。だってそう、愛というのはそれじたいが理由なのよ」

2.011
「反応なし。まったく。言いづらいことだけど、おそらく、もう……」
「やめて」

2.012
「彼に話しかけてみては」
「なぜ?」
「どうだろう。高次脳機能を刺激するかもしれないし、それともなにかほかの効果があるかもしれない」
「でも私……」
「君はいままでずっと望まないふりをしてきたけど、もうそんなことはやめないかい?」
Act3
「庭のイモムシのこと覚えてる? 緑色で小さくて、あなたはイモムシたちを追いかければ太陽を見つけられるって言ってた」

3.013
「成長にともなう問題ってなんだと思う? 親もけっきょくはただの人間なんだって気がついてしまうことよ」

3.014
「あなたは……ほんとうにたくさんの側面を持っていた。まちがった選択、うそつき、ごちゃまぜの希望、それから夢と、悪い誘惑と。そしてお父さん。あなたは私のお父さんでもあったの」

3.015
「どれだけたくさんの夜を空想の会話といっしょにすごしてきたか、あなたにはわからないでしょう。ぜんぶがちゃんと理解できればって、なんどもなんども願った。やっと言うべきことがわかったの、あなたとお別れする理由、それから……」

3.016
「愛してるって言うべきだった。いままでずっと、けっして変わらない真実よ。ごめんなさい。愛してるわ」
Act4
「あの人が覚醒したの」

4.017
「残念だけど、これでは十分な証明にはならない、それに……」
「ただ見にきてくれるだけでいいの……」
「すまないが、私の手には負えそうにない」

4.018
「どっちにせよ、連中が承認しないだろう」
「もういい。聞きたくない。そんなに証拠が必要なら、いくらでも窒息するまで咥えさせてやるわ」
「待つんだ!」

4.019
「あきらめないわ、あなたのこと。いちどは見捨ててしまったけど。もう二度と後悔したくない」

4.020
「もうやめるんだ」
「いやよ」
「おちついて、さあ。家に帰るんだ。なにかほかのことをしなさい、なんでもいいから」
「もうちょっとなの……」
「聞いて、君が倒れてしまったらどうしようもないだろう」

4.021
「もう行かせてあげるべきだ。ギャミーたちは努力しているけど、前頭葉の上部構造は二度ともとどおりにはならない。続ければ現在の神経機能さえ危うくしかねない」
「わかってる」
「どうするつもりだ?」
「なんとかしてみせる」
Act5
「痛みは止まるのか?」
「いいえ」


5.022
「彼が望んだのか、それとも君の望みなのか?」

5.023
「あれはなに?」
「いうなればタイムカプセル、かな」

5.024
「あの日の公園でのこと覚えてる? あの丘に登るようにって言ったときのこと。振りかえると私を支えてくれるはずのあなたがいなくなってるんじゃないかって怖かった。でもあなたはちゃんとそこにいてくれた」

5.025
「あなたは自分が行ってしまったあと、どうするべきかなんて教えてくれなかった。いつかその日がくるとだけ言って、そのあとのことはなにも。今になっても、理解できない。でもいいの。それでよかったんだと思う」

5.026
「もう行かせてあげないとね。でもあと少し言わせて。化学抑制剤はギャミーのつくった経路を菌類が蹂躙してしまうのを防いでくれる。幸せなな思い出だけがあなたを満たすのよ、パパ。いちばんの思い出が」

5.027
「最初からそのつもりじゃなかったの?」
「ええ。でもそういうことにしておくわ」

5.028
「準備はいい?」
「いえ。でもやってちょうだい」
Act6
「父がしてくれた話を聞かせてあげる。昔あるところに父親のことが大好きな少女と、少女のことが大好きな父親がいました。親子の愛が深すぎるあまり、父親は死の概念について、いずれ訪れる別れについて少女に教えることを恐れるようになりました。そしてとうとう死神が迎えに来たその日、娘には黙ったまま行かせてほしいと必死になってお願いしました。

伝説に聞くよりずっと慈悲深かった死神は、彼の言うとおりにしてやりました」


6.029
「なにをしてるの、パパ?」
「収穫さ」
「しゅーかく?」
「もっと大きくなったら教えてあげる」

6.030
「半分死んでいる、と言うべきか。それとも、眠っていると言ったほうが正しいかしら? 話せるまで回復した人はいない」

6.031
「気持ち悪いよ、パパ! できない……」
「かしこく考えるんだ。どっちがいいかな? おまえの家族をちゃんと世話してやるのか、それとも土のなかでむだに腐らせてしまうのか」

6.032
「なにも問題ないだろう? パパがちゃんとついてる。ここにいるから」
「ああ、パパ。バカ言わないで」

6.033
「サインしないで。お願いだから。きっとほかにも方法があるはず」

6.034
「おねがい」

6.035
「すまない」
Act7
「どこまで話したかしら? ああ、そうだった。少女は父親がいなくなってしまったことに気づいて愕然としました。そしてお利口さんらしく、彼を探しに行くことにしました。旅は長く険しいものになりました。道中ではたくさんの出会いがあり、たとえば、おばけや高価な宝石で着飾った魔女、しゃべる猫にカビの神さまもいました。みんな口々に、くらべられるものがないほどの富を与えてやろうと言いましたーーただし、父親のことを忘れてしまうことと引き換えに。

もちろん、少女はきっぱり断りました」


7.036
「(ジージー)つながってるのかい? ただ人生でいちばんすてきな午後だったってことを伝えたくて。最高だったよ。おまえは完璧だった。いろいろ手配してくれてありがとう……」

7.037
「……ママとパパは仲が悪かったけど、そんなことで私たちは、私は、おまえへの愛を失ったりはしない。今だってそうさ。できれば……」

7.038
「……おまえが昼寝をする前に顔のアイスクリームを拭いてやらなかったことがずっと忘れられないんだ。もちろん痕が残ったりはしないだろうけど。でもおまえはなにも文句を言わない、ほんとうにいい子だった……」

7.039
「大きくなって私がいなくなっても、どうか覚えていておくれ、私たちがどんなに幸せだったか。パパは幸せだった。愛してるよ、お嬢ちゃん」
Act8
「少女は父親を見つけることができたでしょうか? もちろん、彼女はやりとげました。子どもはみんな、家族を指し示すコンパスを持っているものです。しかし、冥界にいる父親を見つけたとき、骨のように青ざめ、娘の来訪を恐れているようでした。それでも彼を無慈悲な太陽のもとに連れ戻すべきでしょうか? そんなことはこれっぽっちも考えなかったといえば嘘になります。父親のことが恋しくてたまらなかったのですから。でも、けっきょくそうはしませんでした。

もう幼くはない少女は、父親にキスをするとこう言いました。「さようなら」


8.040
「しーっ、ここにいるよ。ここにいるよ。ここにいるよ……」